現役時代に1番辛かった「演習場で実施する訓練」(通称:山)でやっていた事を忘備録を兼ねて書き綴っていきます。
「自衛官はこんな訓練をやっているのか!大変だなぁ…」と思って頂けたら幸いです。この記事を読んでる自衛官のご家族様は、山が終わって帰ってきたお父様の足が納豆とキムチと牛乳を混ぜて腐ったような臭いを放っていてもその分苦労をしているので、余り邪険にしないであげて下さい。
※個別に記載するのは冗長になるのでここに纏めて記載します。
制服を着用し勤務中の公務員に肖像権は認められていない判例があります。そのため本来目線は不要なのですが、個人サイトのため配慮して入れています。
(出典元のHPには加工前の写真があります)アイキャッチは自衛隊公式Twitterより
何のために山をやるのか?
2年に1回、部隊検閲という「その部隊がどれくらい訓練していて実際に戦闘行動ができるか」のチェックを受けるために山に行きます。(※山に行く=演習場で訓練をする)
また、部隊の評価は部隊長の評価に直結するので、高級幹部の人事評価にも繋がります。
例えば、連隊検閲であれば連隊長が評価をされる側になり、連隊長は各大隊長を指揮し命ぜられた任務を達成できるように努めます。
前述のとおり検閲の結果は部隊長の人事評価に直結するので、ここでちゃんと出来ていない隊員が出ると連隊長の評価が下がり、出来ていない隊員が所属する大隊長や中隊長の評価まで下がりかねません。
そのため、上司に見せる前に各部隊長は、自分で事前に確認をするのが普通です。
10月に連隊検閲が予定されている場合は、連隊検閲で連隊長に恥をかかせないように9月に大隊検閲をやり、大隊検閲で中隊長が恥をかかないように8月に中隊で訓練をするというイメージです。
検閲の有る年は事前訓練(1~3回)→大隊検閲→連隊検閲と、どんどん規模が大きくなっていき山の回数も多くなりますが、検閲が無い年でも鈍らないように何度か山に行きます。
訓練の評価は方面隊によって若干違いが有るようですが、上から「優秀」「概ね優秀」「優良」「概ね優良」「良好」「概ね良好」「可」「概ね可」「不可」となっていて「不可」以外は合格です。
しかし、「概ね良好」以下の評価はやり直しとなる場合が多いです。
物の準備
官給品の準備
まずは担当者と調整をして、官給品(官品)を借ります。
借用する官品一例
業務用天幕2型、整備用天幕、宿営用天幕、毛布、寝袋、エンピ(シャベル)×10、つるはし×5、偽装網、ストーブ、発電機、コードリール、有刺鉄線、ワイヤー、U字杭、携行缶(ガソリン、灯油)
偽装網とは、網に迷彩柄の布が付いていて、網で覆った物を隠すための物です。バラキューダ、通称バラキューと呼びます
※偽装:自然界で目立つ人工的な色や物を目立ちにくくする事。
部隊が独自に所有している訓練資材の準備
また、自衛隊から貸与される官品だけでは全く足りませんので、部隊独自に作成して代々受け継いでいる訓練用の資材の整備や点検もします。(作成&修繕費は自腹です)
官品以外に部隊で保有している訓練資材一例
偽装網を使って車両などを偽装する際に使用する3~5mくらいの竹、鉈、鎌、鋸、砂入りのプラスチックハンマー、園芸用スコップなどの施設機材
パッタンコ(訓練編で説明します)、パラ紐、竹杭、金属杭
タイヤチューブを輪切りにして繋げたゴム紐(後で写真有り)
車がぬかるみに嵌った時用のスタック(自作)、野外配線用軟質プロテクタ
外幕(天幕内の光が外に漏れないように入り口に追加でつける布)
車両偽装資材(車両の白い文字やガラスやライト、ミラー等を隠す物)
指揮所内で使用する机や椅子、銃架、物置台、ロウソク、ランタン、照明覆い
各種掲示物を貼るための板と固定具、背負子、発電機カバー
天幕の表札、案内板、候敵資材(罠用のワイヤー&防犯ブザー)水缶、クーラーボックス、ガスコンロ、ヤカン、ポット、マグカップ
左が水缶(このままだと目立つのでOD色(偽装網の緑部分の色)に塗ります)
右が野外配線用軟質プロテクタ(自衛隊内部の通称※アルマジロ)
※丸めた形(右下)がアルマジロっぽく見える事から
官品より圧倒的に量が多いですが、クーラーボックスより前に書いてある物は絶対に必要です。無いと訓練に支障が出ます。
訓練資材は所属している隊員が創意工夫を凝らして自作したもので、裁縫が得意な隊員が布製の物を修理し、工作が得意な隊員が壊れたアイテムを作り直す等の補修をしながら使用しています。
訓練毎に使用する消耗品等の調達
訓練毎小隊単位で準備する消耗品や食糧品(お金は割り勘)
おやつラーメン、スポーツドリンク、バナナ、魚肉ソーセージ、インスタントコーヒー、割り箸、アイラップ、除菌シート、スズランテープ、麻紐、ブラックテープ、ねじりっこ、トイレットペーパー
左がブラックテープ(黒の絶縁ビニールテープ)、中央がねじりっこ
どちらも銃などの脱落防止に使用します。
最近ブラックテープとねじりっこは自衛隊側で買ってくれるようになったらしいのですが、私が山に行っていた時は自腹でした。
アイラップは食事をする時に使います。山では水は貴重品ですし、洗剤を自然環境に垂れ流す訳にはいかないので、洗い物をしなくても良いように食器(飯盒)にかぶせて汚れないようにします。
訓練中の食事をイメージしてもらえるような参考写真を撮りました。白米と味噌汁が少なく見えますが、それぞれサ〇ウのごはん1パック分、一般的な具入り味噌汁規定量が入ってます。
白米と味噌汁は実際はもっと多いです。
また、任務に就いていてすぐに食事ができない隊員の分は、砂や土が入ったり冷めにくいように2枚目以降の写真のように保存しておきます。
警視庁でも災害時のテクニックとして紹介していましたが、元祖は自衛隊です!
災害時に備えて常備しておいても良いかもしれません。
職場で食料等を用意する理由
特に夏場の訓練は非常に過酷で脱水症状に陥る隊員も珍しくなく、適切な対処を施さないと命に係わるため、スポーツドリンクはお金を出し合って共有の物を用意します。
食糧は基本的に自己責任なのですが、食事の直前などに急遽長時間の任務が入ってきた場合に備えて職場でもある程度用意しておく事が多いです。
個人で使う荷物の準備
登山でも同じですが、山では自分が使う物は自分で用意しなければなりません。人によって荷物の量に違いは有りますが一例を載せておきます。
個人で携行もしくは使用する物品
雨衣、防寒着、タオル、着替え(迷彩服、半長靴、迷彩シャツ、下着、靴下&皮手袋)、ライト、ライター、弾倉や装具の脱落防止、ドーラン、メイク落とし、食料、行動食、飲み物、ビニール袋、ジップロック、腕時計、歯ブラシ
行動食:登山家も使う言葉で、動き回りながら食べられる食料の事。
飴、ドライフルーツ、スルメ、サラミ等の常温で腐らず軽量の物が望ましい。
有ると便利
ライター、ナイフ、ハイドレーションシステム、カップ麺、人工葉、水の要らないシャンプー
左がドーランです。エグい色をしていますが普通のファンデーションです。
写真はカネボウ製ですが、資生堂などの化粧品メーカーが作っている事が殆どです。
右がハイドレーションシステムというストローが長く本体部分が小さく畳める、リュックに入れたまま飲める水筒です。
車両の準備
車両を偽装するための準備
自然環境の山の中では人工物はとにかく目立ちます。特にガラスなどの光る物は反射光が遠くまで届くため、絶対に布などで隠さなくてはなりません。
車を丸ごと覆い隠せる程大きな偽装網は無いので事前に複数個を編み上げておき、山に行く前に車両に括り付けます。
この際、偽装網を固定するために廃タイヤのチューブを輪になるようにカットし、それを繋ぎ合わせたゴム紐を使用します。
文章だとよくわからないと思うので近い物の写真を用意しましました。
このゴム紐は、結び目と結び目の間に草や枝を挟むと固定されるので、天然の草木を偽装に使う時に非常に便利です。
併せて、車両偽装資材を実際にライトやミラーにつけて、破れやほつれが無いかを確認します。
チェーンの塗装
演習場は野山なので雨が降ると所々深いぬかるみが出来るため、必ずチェーンを巻いて入っていくのですが、金属の色は自然界では非常に目立つので黒く塗装をしていきます。
(走ると一瞬で塗装は剥がれますが自衛隊では「ちゃんとやっていますよ~」というアピールが大事なので検閲時は必ず塗ります。)
掲示物の準備
山で使用可能なパソコンやプリンタなどは配備されている数が少ないので、部隊の中枢以外は紙の表に手書きで勤務や訓練の内容を記録していきます。
部隊ごとにフォーマットは決まっていて、紙に印刷したものにオーバーレイと呼ばれている分厚いサランラップのようなものを被せ、濡れないように保護します。
保護した上に更にオーバーレイを何枚も被せていくと、書き込んだオーバーレイをめくれば同じ表を何度も使用できるので非常に便利でした。
出発前にやる事
ここからは、出発に至るまでの流れについて書いていきます。
出発2~3日前
認識統一
出発前に今回の訓練のSOP(設定)を、部隊全員で頭に叩き込みます。
(お芝居の設定のような事を、自衛隊では想定やSOPと言います)
想定の例 (雰囲気だけ伝われば良いのでツッコミは無しでお願いします。)
我の現在地は朝霞駐屯地。
敵勢力は、およそ一個機械化連隊。
敵は大宮駐屯地を占領後、国道5号線沿いを都心方面に進行中。
練馬駐屯地に一個機甲師団が集結中であるが、後1日程かかる模様。
我は、荒川河川敷沿いに陣地を構築し、機甲師団の集結を支援する。
大体こんな感じですが、訓練には色々な想定があり、主に攻撃と防御があります。(想定例は防御で、敵を1日荒川河川敷で食い止めろという意味です)
戦術の解説を始めると、記事が3本書けるくらいの量になりますので割愛しますが、攻撃はドンドン前に出て攻め、防御はガッチリ守って敵の攻撃を食い止めるくらいに思ってもらえれば大丈夫です。
ともかく、攻撃か防御でやる事が全然違ってきます。
全員がちゃんと想定を理解していないと正しい行動が出来ないため、出発前に全員で覚えます。
出発前日
銃の脱落防止
銃の部品が落ちないようにテープでぐるぐる巻きにします。
訓練中に銃を落とそうものなら病むくらい捜索させられますが、部品や装具でもかなり大規模な捜索をさせられるため、全員でちゃんとやります。
車両の整列
荷物を積み込んだ車両を出発順に並べます。
駐屯地から演習場までの移動は先頭から最後尾まで車の順番が指定されていて、出発直前に色々な所から車が集まってくるとバタバタしてしまうため、前日の内に順番通りに整列させておきます。
個人の荷物の準備
自衛官は非常時に備えて常に携行物品として指定されている物を、中身が分かるように表示しジップロックで個別に包装して背嚢に保管しています。
携行物品に加えて訓練で持って来いと言われた荷物だけを詰め、装具の取り付けや脱落防止などもしていきます。
装具は着ける順番などが決まっているので順番通りかつ綺麗に着け、迷彩服もシワ1つ無くアイロンをかけます。(イメージ図)
また、訓練のために買ってきた食料や着替え等を、背嚢とは別の衣嚢と呼ばれるバッグに詰めていきます。忘れ物をすると訓練でキツい思いをする事になるので、毎回入念にチェックしてから車両に積み込みます。
訓練当日(演習場に出発するまで)
当日は朝から隊容検査という物を受けます。
隊容検査の内容
左上:任務の確認(訓練の想定をちゃんと覚えているか)
左下:荷物検査(個人の携行品は指定された物だけ持ってきているか)
右上:装面動作(マスクを規定時間以内に着けられるか)
右下:車両検査(車両に積載されている荷物はリスト通りか)
任務の確認
今回の訓練の想定を覚えているかを確認されます。
「今どこにいるのか?これからどこに行くのか?」などを聞かれますが、勉強不足でわからない質問が来ても「忘れました!」と答えるのが、お約束となっています。
(あまりにも忘れていると怒られます)
荷物検査
「事前に指示された物を忘れていないか」「ジップロックに入れて防水処置はされているか」を確認されます。
併せて「指示されていない物を持ってきていないか」もチェックされます。
飲み物等の必要最低限の物も「水缶持ってきているから水は有るだろう」という理屈で、持ってきてはいけない事になっています。
そのため点検を受ける背嚢と、食料などの色々な物が入っている衣嚢を別にして、衣嚢は車に積んだ荷物の目立たない所に隠しています。
(もしも夏場の訓練中に水しか飲まなかったら、ミネラル足りなくて倒れます)
防護マスクの装面動作の確認
自衛官は、8秒以内に防護マスクを装着出来なければならない為、出発前に全員出来るかの確認をされます。
毒ガス等を検知した瞬間に呼吸を止め目を瞑らないと、肺や目の粘膜から侵入されるため、目を瞑って息を止めたまま8秒以内にマスクを装着します。
なぜ8秒以内かというと、激動時に呼吸を止められるのは8秒が限界と言われているからです。200mくらい全力疾走した後に、何秒息を止められるかを試して頂ければわかると思います。
車両検査
事前に積載する荷物のリストを提出するので、実際に積まれている荷物と提出されたリストを照合します。
統裁官(評価する人)も食料等をこっそり積んでいる事は内心わかっているので、そういった物が隠されていそうな所は確認しません。
また、移動中に荷物を落としたり、荷物が崩れて乗員がケガをしたりしないようにしっかり固定されているかも確認されます。
上記4種類の検査が無事終わったら、演習場に向けて出発します。
準備編まとめ
山に行く事はかなり大荷物になる上、準備だけでも非常に大変な事がわかって頂けたと思います。訓練中は足りない物が出ても買いに行く事は出来ない為、何でも多めに買っていく事が多いです。
足りない物は物々交換で入手しますが、富士山の山小屋のように山価格(通称)となっていて、一般的な市場価格よりもボッタくられます。
傷んだ物の交換や消耗品の買い足し等、毎回それなりの出費になるのですが、山は手当が出ないので毎回自腹です。
隊員個人で使う物はまだしも、車両偽装資材や指揮所関連の資材は官品を作って支給するべきだと思っていました。
訓練編
山の中で数日間過ごしますが宿を取る訳ではないので、2泊3日とか言わずに2夜3日とか5夜6日という言い方をします。
今回はお手軽な2夜3日、後方支援部隊の訓練を前提に解説していきます。
ちなみに山は2夜3日からで、1夜2日で終わる事は有りません。
演習場到着後にする事
まず個人の偽装をした後、車装変換をします。
個人の偽装
自然界では、肌色や88式鉄帽(ヘルメット)の丸み、肩のライン等は非常に目立つため顔にドーランを塗り、草を頭に付けて偽装をします。
この時、耳や首にドーランを塗らない事をお面と言いますが、お面はマイナス評価をされてしまうのでお互いにチェックして防止します。
1度ドーランを塗ると、訓練が終わるまで落とす事は無いので肌に合わないドーランだと訓練後に肌は荒れ放題です。
車装変換(完成形は右下の写真)
遮光:ガラスやランプ、ナンバープレート等の目立つ部分を隠す。
偽装:肉眼だけでなく赤外線暗視装置でも目立たないように、生の草木を付けていきます。
チェーン装着:ぬかるみに嵌らないようにチェーンを付けます。
※右上の写真で車両のドアに付けている迷彩柄の布や、右下の写真でフロントガラスの下の迷彩柄の布、ライトやミラーを隠しているOD(カーキ)色の布などが、前述の全て隊員の自腹で作成したものです。
昼食
朝に駐屯地を出発した場合は、車両の偽装が終わった頃にはお昼頃になっているので、昼食を取ります。
訓練が始まるとゆっくり食事も出来なくなってしまうので買ってきた弁当やカップ麺を食べますが、どうしてもこれから始まる訓練の事を考えてしまうため、殆どの隊員が最後の晩餐のような気分で食べています。(一部の訓練ジャンキーを除く)
訓練開始!
ついに訓練が始まります。
訓練中は先述の「統裁官」という、訓練中一緒に行動しつつ隊員の動きをチェックし評価する人がいます。
この人にダメな所を見せてはいけないのですが、神出鬼没なので訓練中は常に気を張っておく必要があります。
徒歩行軍(20km)
まず訓練の最初は徒歩行軍から始まります。
距離は訓練毎に変わりますが後方職種だと20~50kmくらい、戦闘職種だと40km~100kmくらいです。
今回は2夜3日の想定なので、最短の20kmで訓練の時程を進めようと思います。
徒歩行進の基本
50分歩いて10分間小休止(休憩)のサイクルを1行程と言い、平坦な道なら1行程で4km歩きますが、急な上りや下りが続く場合は距離ではなく時間で区切られます。
部隊の先頭で全体の歩く速度を決めるペースメーカーを何度かやりましたが、歩くペースを一定に保つ事が非常に難しかったです。
序盤は速く、登り坂や終盤は疲れて遅くなってしまいがちで、部隊の隊員に無駄な体力を使わせてしまった苦い思い出があります。
完歩するには20kmなら約5時間ですが、50kmだと14時間近く歩かなければならないので非常に大変です。
非常に良い動画が有ったのでリンクを貼っておきます。
雨も降ったようで、行軍の雰囲気が良くつかめると思います。
晴れていればまだ良いのですが、雨が降っていると本当につらいです。
ちなみに、どんな豪雨でも雨が降っているから中止という事はありません。
自衛隊の雨衣はゴアテックスなどではなく、撥水加工されているだけのナイロン布なので摩擦でどんどん効果が薄れます。
歩いているとどんどん効果が無くなり、雨衣を着ていてもすぐにじわじわと雨が染み込んできます。全身濡れた上に迷彩服が重くなるので、その後の訓練がキツくなります。
また、雨衣を着ていると熱が篭るので汗をかきやすく、服の重さも相まって体力を奪われるので、同じ距離でも晴天時と荒天時の完歩の難易度は全く違います。
大休止
徒歩行進には、4~6行程おきに40分間の大休止という食事休憩があります。
動画では道端で食べていましたが、敵に発見されるリスクが高まるので林の中に入って食事をします。
この時に食べる物は、自衛隊から事前に戦闘糧食Ⅰ型(缶飯)が支給されますが、自分で持って歩かないといけないため、重くかさばる缶飯を持ってくる人は余りおらず、殆どの人は買ってきた市販のパンで済ませます。
パンは軽くて食べた後には袋しか残らない優れものですが、缶飯以外の物を食べている所を統裁官に見つかると評価に響くので陰でこそっと食べます。
今は缶飯の生産が終了し戦闘糧食Ⅱ型(パック飯)になったので、かさばりますが軽くなり一考の余地は有ると思います。
徒歩行軍完了!
演習場の中や、場合によっては一回外に出て歩き回った後に、出発した所まで戻ってきます。
今回のように20kmを5行程で歩く予定の場合は行軍中に大休止を取らない事が多いので、行軍後に着替えや食事、ドーランの塗り直し等で少し時間を貰えます。
が、本当に必要最低限で殆ど休めず次の訓練に移ります。
先発隊の出発
部隊が展開地(目的地)へ移動する時は、先発隊と本隊の2つに分けます。
先発隊とは、本隊より先に展開地に侵入する少人数の部隊で、展開地の安全の確認と本隊の受け入れ準備、応急支援体制の確立等が主な任務となります。
先発隊が出発した後に本隊は何をしているかというと、車両の中で待機という名目の休憩や仮眠をしています。
私は数多く山に行きましたが、本隊に割り当てられたのは片手で数えられるくらいしかなかったので、毎回物凄く羨ましかったです。
車両行軍(夜間)
先発隊は徒歩行軍の後、殆ど休む間もなく展開地へ出発します。
想定では遠くに移動している事になっていますので、事前に決められた距離を演習場内部で走ってから展開地へ入ります。
今回は夜間の車両行軍なので、訓練中は灯火管制が敷かれるためライトを使う事が出来ません。(公道を除く)
そのため自衛隊車両には管制灯と呼ばれるものがあり、灯火管制のレベルに応じてほぼ無灯火で演習場の中を走る事になります。
完全に無灯火ではありませんが、灯火管制下で使用できるのは「あそこに車両がいるな~」とギリギリ分かるくらいの淡い豆電球レベルの灯りなので、月明りを頼りに車を走らせます。
写真は左がフロント側で右がリア側です。
水色の丸で囲った部分が、上記の暗闇で車両の存在を認識するランプです。
赤丸で囲った部分は灯火管制が緩い時に足元を照らすライトです。
山道で反対側は崖になっている箇所もあるため、夜目が利かない人にとってはかなり恐怖を感じるドライブです。
余談ですが、一度夜間の車両行進で崖すれすれの道を走らせていた際、ドライバーが鳥目で道と崖の境界が見えず、崖の方にタイヤが脱輪してしまった事が有りました。
車両が30度ほど傾き「あ…これは死んだかもしれない…」と思った瞬間、反対側の浮いていたタイヤがずり落ちた分道にしっかり噛んだのかそれ以上傾く事は無く、無事に道路に復帰出来ました。
私の人生で死を覚悟した経験は何度かありますが、2番目に危なかった事件です。
索敵
無事に展開地へ辿り着いたら、内部に敵が潜伏している可能性があるため、最初に展開地内を隅々まで索敵します。
横一列になり同時に進む事によって隈なく捜索しますが、進めない程濃いボサ(藪)の中は迂回する事もあります。
同時に車両を停めておく場所や、指揮所の開設場所も見繕っておきます。
上空から暴露していない事や、周囲から見え難い事などが条件です。
本隊受け入れ準備・応急支援体制の確立
展開地内に敵がいない事が分かったら、陣地を構築し始めます。
順番を付けてありますが、実際はこれらは同時並行でやっています。
- 本隊が来るまでに進めておく事
①指揮所を展張する場所や、車両を停める位置の選定及び開設
②味方の指揮所の位置の把握
③野外電話機(有線)の敷設
④歩哨の設置
⑤抵抗線の位置の選定
⑥整備所天幕の展張(整備部隊のみ)
①指揮所を展張する場所や、車両を停める位置の選定及び開設
今後の活動の拠点となる指揮所を開設するのに適した場所を選定します。
頭上が開けていない事や、道路沿いから目視出来ない場所が理想的ですが、演習場によってはそういった場所が無い所もあるため、それっぽい雰囲気を醸し出しておけば大丈夫です。
②味方の指揮所の位置の把握
指揮所は小隊ごとに開設するため、同じ部隊でもそれぞれ別の場所に天幕を張りますが、味方がどこに居るか把握しておかないと支障が出るため積極的に情報共有をしていきます。
③野外電話機(有線)の敷設
ここまでは移動をしていたため仕方なく無線で通信をしていますが、電波を飛ばすという事は敵に自分の位置を知らせているに等しい行為です。
戦場で電波を飛ばそうものなら、下手をすれば1分後には砲弾が降ってきますし、盗聴される危険性も非常に高いです。
そのため展開地内に入った後はやむを得ない場合しか電波を使えないので、野外線と呼ばれる電話線で指揮所同士を繋ぎます。
大隊以下の訓練ならこの時点で通信網を完成させますが、連隊以上の訓練だと大隊同士の展開地は離れている事が多いため、繋ぐのはもう少し後になります。
野外電話機1号 JTA-T1
展示品なので取手が折れています。
左上の写真で奥側の隊員が持っているものが、主に大隊内などの短距離の有線を敷設する際に使われることが多い、350m巻きで重量6~7kgのJDR-8Cです。(通称:ドラッパチ)
右上の写真の二人で持っているものはJRL-159/Uという、1.5km巻きで33kgもある大物です。主に大隊間の有線敷設で使用します。(通称:159)
※右上の画像には「約5㎏の絡車を運ぶ隊員」と書かれていますが、5kgなのは右端の一人で運んでいる物で、二人で運んでいるのは33kgです。
ドラッパチや右上の絡車に巻いてある有線は同じ物で野外線JWD-1/TTです。
(通称:線、ワンティーティーなど)
④歩哨の設置
索敵後に敵が入って来る事を防止するために、想定で敵が居る方向を監視する歩哨を設置します。
当初は茂みの中に電話だけ引いた簡素な物ですが、陣地構築が進むと歩哨壕の掘削や偽装が施され堅牢かつ目立たないものになっていきます。
歩哨壕の完成形
⑤抵抗線の位置の選定
歩哨の位置の選定に加えて、抵抗線の位置も選定していきます。
抵抗線とは、敵が攻めてきた際に陣地を守る防衛ラインの事で、想定される敵の方向の展開地外縁を選定します。
⑥整備所天幕の展張(整備部隊のみ)
人員と時間に余裕があれば整備所天幕を張ります。
この天幕は非常に大きくて重いので事故も起きやすく、疲労した少人数での展張作業は危険を伴います。
本隊の誘導案内(夜間)
先発隊が展開地に侵入してから約4~5時間後に本隊が到着します。
夜間はエンジン音が遠くまで聞こえやすいため、可能な限り素早く車両を停めておくのに適した場所に連れていく事が重要です。
事前に選定しておいた場所まで案内するため、両手に白い旗を持って左右に広げた隊員が車両の前を歩きながら簡単な手旗信号で誘導します。
人が左右に手を広げるのは、白い旗の範囲に車が収まっていれば安全だという事をドライバーに伝えるためです。
ちなみに昼間の誘導は、車両の速度が速いので走って先導しますが、車に追いかけられるような形になるので、転んだら轢かれそうで結構怖いです。
各種掩体の構築
本隊が到着すると人手に余裕が出来るため、今まで取り掛かれなかった掩体構築(穴掘り)が出来るようになってきます。
どの掩体にも共通する事項ですが、山では地面の下に水が流れている事が多く、既定の深さに達する前に水脈を掘り当てて水が湧いてしまうと、別の場所に掘り直しになります。
大体残り20cmからが鬼門で、終わりが見えてきた頃に「ジュプッ」という湿った音がエンピ(ショベル)を地面に突き刺した時に聞こえると心が折れます。
掘らなければいけない掩体(穴)
①歩哨壕
②抵抗線(小銃用掩体)
③退避壕(タコつぼ)
④対空掩体
想定が防御の時は指揮所を地下に作ったり、整備所を半分地下に埋めたりする事もあるのですが、今回は2夜3日なので時間が無い事や、重機を入れないと難しい物を割愛し、手掘りの4つを紹介します。
①歩哨壕
文字通り歩哨用の掩体です。夜間は2名体制になるので上から見ると
「〇=〇」(〇の所に人が入る)
のような形をしているので、メガネと呼ばれています。
敵からの射撃に耐えられるように、ライナープレートと呼ばれる鉄板を敵側に埋める場合もあります。
写真が無かったので13旅団のTwitterリンクを貼っておきます。
②抵抗線(小銃用掩体)
敵の攻撃をある程度防御できるように、敵の方向に対して土を盛ります。
形が1番複雑で広い地積が必要なため、草刈りや偽装が大変な穴です。
写真が無かったので、さぶろぅ様のTwitterリンクを貼っておきます。
本来は、2枚目の写真の銃が置いてある場所よりも右側を、天然の草で偽装をして敵から見えにくくします。
③退避壕(タコツボ)
敵から航空攻撃を受けた際などに逃げ込む穴で、指揮所や重要拠点の近くに配置されている人数+1つ掘ります。
直径1m、深さ1mの円柱状に掘れば良いだけなので、掘りやすい地質なら1人でも1時間程度で掘り終わります。
④対空掩体
対ヘリコプターや固定翼機(戦闘機、爆撃機など)の為に掘る穴で、どの方向から来ても対応できるようにドーナツ状に掘り、中央に重機関銃(キャリバー50)を設置します。
ヘリはともかく、文字通りマッハで飛来する固定翼機は撃ち落とせたら奇跡だと思います。
大隊間の有線敷設
訓練規模が連隊以上の時は、複数の大隊が参加しているため、大隊指揮所~連隊指揮所間の有線の敷設が必要になってきます。
大隊同士の展開地はkm単位で離れている事も珍しくない為、敷設には物凄く労力がかかります。
そのため平地や道路沿いに敷設する際は、車の荷台部分にJRL-159/Uを糸車のように固定し、車を走らせて敷設したりする場合もあります。
また、出来るだけ避けますが、敷設時にどうしても道路を渡さないといけない時に活躍するのが「アルマジロ」です。
通常この手の商品は車両に轢かれたくらいでは問題ありませんが、自衛隊の演習場ではケタ違いに重く、タイヤすら履いていない戦車や装甲車も走ります。
また、道路上にこんな物を放置されていると非常に目立ち、有線を敷設している事がバレてしまうので、アルマジロごと地面に埋めます。
車向変換
ここまで陣地構築を進めたら、そろそろ空が白んでくる頃です。
自衛隊では「日の出」や「日の入り」で昼と夜を分けていません。
日の出前や日の入り後の、第二薄明という時間まで昼扱いになっています。
専門用語でいうと、日の出前をBMNT、日の入り後をEENTと言います。
BMNT
beginning, morning nautical twilight
航海薄明時刻、第二黎明開始時刻
EENT
end, evening nautical twilight
航海薄明終了時刻、第二薄暮終了時刻
日の出前でもだんだん明るくなりよく見えるようになってくるため、よりしっかりした偽装が必要になってきます。
車両にかけただけの偽装網をしっかり展張し、すぐに離脱できるように車両を出船の状態にします。(車の正面を道路側へ向ける事)
併せて指揮所の偽装網も展張し、より高度な偽装を施します。
対空警報発令
山では、日の出と共に敵の航空機が攻撃してくるのがお決まりで、航空機が近付いて来ると個人用防護衣を着用しタコツボに避難します。
退避壕の中でじっとしていれば良いので、これまで休む間もなく動き続けてきた隊員の休憩時間代わりになりますが、毒ガスが撒かれて除染作業が入ると化学防護衣を着て長時間作業をする隊員が出てしまいます。
(犠牲となった隊員に感謝しつつ休みますが)
また、警報がかかると対空掩体に人員を出しますが、この時に役に立つのが荷物準備編でちょこっと書いた「パッタンコ」です。
対空掩体は偽装を施すと偽装が邪魔で中にある重機関銃が撃てません。
そのため普段はドーム状の覆いになっていて、射撃する時に固定を解除すると、即座に開くようになっている偽装資材がパッタンコです。
正式な装備品では無いものの、全国の部隊にほぼ同じ物があり、大体パッタンコと呼ばれているそうです。最初にこれを発明した人は天才だと思います。
左はパッタンコの内側、中央がパッタンコで覆っている状態、右が射撃可能な状態。
話は戻りますが、おおよそ30分~1時間程度で航空攻撃の脅威は去るので、人員や施設に異常がないか確かめた後に防護衣を脱ぎます。
この防護衣の生地がダウンのようになっているので、夏の暑い時期に厚着をすると頭が朦朧とする上、ここまで殆ど休み無しのため退避壕に隠れたまま寝てしまう隊員も少なくありません。
閑話
空襲が終わり異常の有無を確認した頃にはすっかり明るくなっています。
「夜は大丈夫と思っていても、明るくなって見直したら偽装が甘かった」なんて事はよくありますので、対空警報後にこれくらいまで手直しします。
7普連の公式Twitterをお借りしました。
この偽装が完成した頃になると少し余裕が出てきて、隊員もやっと一息ついたり短時間の休憩が貰えたりします。
ここで休憩を貰えた隊員が良く食べる物が「おやつラーメン」です。
お湯は、眠気覚ましのためのインスタントコーヒー用にポットで保存しているものやストーブの上に置きっぱなしのヤカンのお湯を使用します。
半分に割ってマグカップに入れるとジャストサイズなのでお椀が要らず、量も少ないのですぐに完食できます。
普段ならジャンクフードの極みみたいな食べ物ですが、訓練中のおやつラーメンは名店の1杯に勝るとも劣らない味わいがあります。
閑話休題
状況の現示
訓練では事前に示される「今練馬駐屯地にいる」「大宮から敵が攻めてくる」という設定は想定と言いますが、現地で示される「この車両は壊れました」「敵が攻めてきました」などの設定は状況と言います。
例えば戦場でボーっと歩く人はまずいませんし、不審者が見えたら警戒するはずです。そういった設定を忠実に守り、戦場を意識した行動をする事を「状況に入っている」と言い、出来ていないと「状況に入れ!」と怒られます。
いつ、どんな状況を出すかは統裁官次第なのですが、大体陣地の構築が終わった頃に敵が攻めてくる事が多いです。
不審者が発見されたり、敵がいる設定の方向から銃声が聞こえたり、車両に「中破」と書かれた紙が貼られているのが見つかると、戦闘配備をしつつ展開地内の一斉検索を実施します。
既に敵が内部に侵入している可能性があるので、この時はかなり細かい所までしらみ潰しに探します。
状況は敵が攻めてくるだけでなく、機材の故障や毒ガスの散布、先述の航空攻撃など色々とあります。
陣地変換
2夜3日ではほぼやりませんが、構築した陣地を撤収して次の場所に移動する事を、陣地変換と言います。
陣地変換をするという事は、ここまでに書いた事を先発隊の出発から全てやり直すという事を意味します。
陣地変換がある場合は事前の訓練日程で知らされますが、疲労が溜まった状態でその単語を聞くと本当に心が折れます。
状況終了
ここまで色々と紹介しましたが、予定されている訓練終了時刻まではひたすら状況を出され続けます。
しかし、山でやる訓練の最後は決まって対空警報です。
これはダチョウ倶楽部が喧嘩をしてチューして仲直りするくらいのお約束です。
また、重機関銃の空砲を全て消化する意味もあると思います。
指揮所から「状況終了」の連絡を受けて声高らかに
「状況終了!!!」
と叫ぶ瞬間は、最高に気持ちが良いです。
撤収
まだ状況が終わっただけで訓練は終わっていません。
有線の回収、天幕の撤収などがありますが、掩体の埋め戻しや陣地の痕跡の消去が大変です。
地面を掘ると、掘り返した土を完璧に元に戻しても必ず凹んでしまいます。
踏み固めると天然の状態よりも土の密度が高くなるため仕方ないのですが、このままだと痕跡が残ってしまうため植生を行います。
植生というのは、辺りの草が生えている土をブロック状に切り出し、掩体の跡に根付くように植える事です。
撤収が終わったら点検を受けるのですが、点検時にやたら強く草を引っ張られるので、しっかり植えないとやり直しになってしまいます。
植生も数日程度では植生した事がバレてしまいますが、数週間もすれば草が伸びかなり自然な感じになっていきます。
また、泥の上を重い車両が走ると、轍(タイヤ痕)がそこら中に残ってしまいます。
轍をそのままにしておくと、その場所にいた部隊の規模やどんな車両が居たか分かってしまうので、全てエンピで潰していきます。
侵入時に土がぬかるんでいて、その後の訓練期間に晴れが続くと、轍が残ったまま泥が乾いて固まってしまいます。
土壌が粘土質だと非常に硬くなるので、崩すだけでも一苦労です。
しかし、自衛隊内でよく言われる言葉で「撤収は早い自衛隊」というものがあるように、本当に撤収は早いです。
数日かけて構築した陣地を、ものの数時間で片付けてしまいます。
帰隊
撤収が終わり点検に合格したら、駐屯地に向け帰隊します。
3夜4日以上の場合は基本的に管理野営があるのですが、2夜3日なら大体そのまま帰隊します。
管理野営:帰りの運転で疲労による居眠り運転などのリスクを下げるため、演習場に1泊して隊員を休ませる事。
自衛隊の車両は、必ずドライバーと車長の二人が居ますが、管理野営無しで帰隊する際は二人とも限界が近い為、下品な猥談をしたり、ひたすら訓練の思い出について喋ったり、携帯式のスピーカーで音楽を爆音で流したりして居眠りを防止します。
まとめ
思い出しながら書いたので多少の抜けや、保全上まずそうな部分は省いたりしましたが、山の流れは殆どカバーできたと思います。
訓練内容によっては訓練中に2時間程度の仮眠などがある場合もありますが、2夜3日だと訓練期間が短いので仮眠は殆ど有りません。
訓練期間が長くなるほど仮眠もちゃんと取らせて貰える傾向がありますが、ベッドやスリーピング(寝袋)が使えるわけではなく、毛布を地面に敷き毛布を掛けて寝る程度です。
また、どんなに訓練期間が長くても管理野営以外で入浴は出来ませんので、ヘルメットを被りっぱなしの頭は凄く痒いですし、何日も同じ靴を履きっぱなしで汗まみれの足は物凄く臭くなります。
冒頭でも言いましたがこの記事を読んでいる自衛官のご家族様は、訓練後に帰ってきたお父さんがメチャクチャ臭くても、精魂尽き果てるまで訓練で頑張って帰ってきているので優しくしてあげて下さい。
自衛官は、こんなに大変な訓練を年に何度もしなければいけないので本当に大変です。
今回は山の訓練の全容を書いた記事でしたので、訓練の思い出話などは別に書いていこうと思います。
超長文を最後まで読んでいただきありがとうございました。