サイトアイコン 桜花@元自衛官のブログ

「火器管制レーダー照射事件」の危険性

 この記事は「レーダー照射問題って電波浴びせられただけでしょ?」と思っている方には是非読んで頂きたいと思います。

 火器管制レーダー(以下、FCレーダー)照射問題が起きた後、一般の方に少々過激な意見を愚痴った事が有ったのですが全然ピンと来ていなかったようなので、どれだけ危険な事をされたのかわかってもらう為にこの事を書きたいと思っていました。

 それでは、この問題の概要から解説します。
 細かい事とか事件の概要はどうでも良いよって人は目次から「実際どれくらいヤバかったのか」まで飛ばしてください。

韓国海軍レーダー照射問題の概要

 今となっては過去の事件というイメージになってしまいましたが、2018年(平成30年)12月20日15時頃に韓国海軍の駆逐艦「広開土大王こうかいどだいおう」(クァンゲト・デワン)が、海上自衛隊のP-1哨戒機に対してFCレーダーを照射したとし、日本政府が韓国政府へ抗議する事件がありました。

 動画で6分5秒~、8分53秒~辺りです。

 照射した・してないの議論は平行線のまま現在に至り、未だに解決していません。
 繰り返しになりますが、この記事ではFCレーダーを照射したかどうかではなく、照射したと仮定した時にそれがどれくらい重大な事なのかを解説します。

射撃Fire統制ControlシステムSystem(火器管制装置)の発射シーケンス

 まずは、射撃統制システム(以下FCS)の敵発見~発射までの代表的なシーケンスを見て頂きたいと思います。
 以下はWikipediaより引用

  1. 目標の捜索(search)、探知(detection)
  2. 敵味方の識別(identification)
  3. 目標の捕捉(acquisition)、追尾(tracking)
  4. 未来位置修正角(prediction angle)の算定
  5. 火器の軸線(weapon line)の設定(射線の付与)
  6. 射撃

 これはミサイルと砲で共通のシーケンスです。
 現代の代表的なFCSなら、赤線を引いた所は機械が勝手にやってくれるので、人が操作する事は以下の3つだけとなります。

探知された目標を選択する。(捕捉)
選択した目標をロックオンする。(追尾)
発射スイッチを押す。(射撃)

 人間がやる事は殆どありませんね。
 実はゲームと似たような操作感でミサイルは撃てます。
 戦闘では先に攻撃を当てた方が有利になるため、面倒な事は全部機械が処理し素早く撃てるようになっているからです。

 シーケンスの細部は各国で秘密に該当する内容ですので、広開土大王の火器管制システムがどの段階でFCレーダーを照射するかまではわかりません。
 しかし、FCレーダーを照射するという事は「何らかの意図を持って集中的&高精度に捕捉している」もしくは「ロックオンしている」のどちらかの意味があり、私は後者の可能性が極めて高いと思っています。

捜索、探知レーダーと間違える可能性の有無

 韓国側は当初「北朝鮮の遭難船のためにレーダーを稼働したのを日本側が誤解した」という見解を表明していました。

 結論から言えば、誤解する可能性はほぼあり得ません。
 そのためにまず、レーダーの基礎的な知識を知って頂きたいと思います。

探知用レーダー

従来のパルスレーダーの場合、送信周波数が低いほうが大気伝搬損失が少なく、大電力化が容易で、良好な受信系雑音指数を得やすいことから最大探知距離を延伸するには有利である。一方、周波数が高いほうが分解能の面では有利である。すなわち、探知距離の延伸と分解能の向上は原則的にはトレードオフの関係にある。

ウィキペディア(Wikipedia)

火器管制レーダー

艦艇や航空機などから砲弾やミサイルを発射する直前に、目標の位置や速度を正確につかむために使用される。自衛隊を含む軍事用の艦艇や航空機は一般に、攻撃を回避するため、このレーダーで照射を受けた際にただちに感知する逆探知装置を搭載している。

コトバンク朝日新聞掲載「キーワード」

 色々と違いはありますが、1番の違いは周波数です。

 探知レーダーは、雲などをすり抜けられるように非常に長い周波数を使用しています。
 一方火器管制レーダーは、目標の正確な情報を得るために短い周波数を使用しています。

 この2つを間違える可能性は、機械の故障以外ではほぼ0に等しく、人間に例えると秋川雅史さんの歌声と米良美一さんの歌声を聞き間違えるようなものです。

2分52秒~が秋川雅史さんのもののけ姫です。

 どちらも素晴らしい歌声ですが、男性が同じ歌を唄っていてもこれは聞き間違えませんよね?
 それくらい探知レーダーと火器管制レーダーを間違える確率は低いという事です。

 まずありえませんが、100歩譲って遭難船のために稼働したのがFCレーダーであったとしても、FCレーダーは非常に指向性が高いため、高度も方向も全く違うP-1哨戒機に届く可能性はまずありません。

実際どれくらいヤバかったのか

 正直、これだけでは「だから何?」という感じだと思うので例え話をします。

 銃に例えるなら「実弾を込め」「撃鉄を起こし」「相手に狙いを定め」「引き金に指を掛ける」までやっています。
 発射シーケンスの微妙な違いが有ると思うのでセーフティを外したのかはわかりませんが、間違いなく「実弾を込めた銃の銃口を突きつけられる」所まで行きました。

 まだちょっとわかりにくいという方は、「相手に馬乗りされて包丁を首筋に押し付けられている」と思って貰えればわかりやすいと思います。

 厳密には砲の指向はありませんでしたが、広開土大王級駆逐艦VLS(垂直発射ミサイル)を積んでいるので砲の指向をしなくてもミサイルを撃ち込めます。
 砲を向けているのと何も変わりません。

 あの飛行速度と距離で撃たれれば助かる見込みは殆ど無く、相手に命を握られた状態でした。

まとめ

 どれくらい危険な状況だったのかお分かり頂けたでしょうか。

 日本人は銃に馴染みが無いため、銃口を他人に向ける・向けられるという行為の重大さがわかりにくいと思います。
 銃口を向けるという事は「お前を殺す」という明確なメッセージです。
 海外でやったら良くて本気で殴られるくらい、悪ければ即射殺されますが殺した方は正当防衛が成立するくらいの事です。

 よく言われていますが、レーダーを照射されたのが外国の戦闘機だったら広開土大王は即ミサイルを撃ち込まれても文句を言えないくらいの暴挙をしています。

 レーダー照射事件で私を含めた自衛隊員が経験した事を一般の方に分かり易く例えると「会社の敷地内に入ってきた暴漢に同僚が押し倒され、所持していた刃物を首筋に突き付けられた」となります。

 「レーダーを浴びせられたくらい許してやれよ」という意見は「刃物を突き付けられただけでケガをしていないから許してやれよ」という意見と同義です。

 貴方は、自分の家族や同僚に刃物を突きつけた相手をお咎め無しで許す事が出来ますか?
 私は絶対に許せませんし、許してはいけないと思います。

モバイルバージョンを終了