自衛隊では脱走する事を脱柵と言います。
駐屯地は柵で囲まれているので脱柵という名前になりました。
駐屯地に住んでいない幹部自衛官などの隊員が逃げ出しても脱柵と言います。
今回は脱柵の原因、脱柵者の追跡方法などを紹介します。
脱柵の原因
自衛隊はキツい訓練や色々な制限が多く、非常にストレスの溜まりやすい職業です。
例えば新型コロナウィルスが流行し始めてからもう2年になりますが、自衛官は2020年3月から歓送迎会を含む宴会は一切やれません。
個人的に行くにしても、ホストやキャバクラ、スナック、風俗などの接待を伴う店は厳禁ですし、一人で居酒屋に行く事すら憚られる雰囲気です。
2022/1/31 追記
秋からオミクロン株流行直前までの間は4名以下なら飲酒が許されていましたが、現在は再び禁止されています。
また、駐屯地は酒類の持ち込みが禁止されているので自室で晩酌する事も出来ません。
相部屋なので一人になれる時間もほぼありません。
外出は必要最低限の買い出しのみで遊びに行く事も出来ません。
新型コロナ関連以外でもこうした私権の制限はキツく、突発的に辞めたくなる事など日常茶飯事ですし、熟考した上で辞めるという結論に至る事も少なくありません。
しかし、そこで立ちはだかるのが退職まで期間の異常な長さです。
自衛隊は1度入隊してしまうと退職するのに非常に時間がかかります。
任期制の隊員は任期満了以外のタイミングで辞める事はできません。
(陸士長等、海士長等及び空士長等の誓約)
自衛隊法施行規則
第五十九条 陸士長、海士長又は空士長以下の自衛官として新たに又は引き続き期間を定めて任用された隊員(任期付自衛官を除く。)は、次の誓約書に署名押印しなければならない。
誓約書
私は、任用期間中はみだりに退職することなく、自衛官としての職務を執行することを誓約いたします。
空自と海自は3年間、陸自は2年間入隊したら辞められませんし、曹以上の階級になったとしてもスムーズにいって2~3ヶ月、長いと1年以上かかる事も珍しくありません。
退職を決意した時点ですぐにでも辞めたいのに、これほど時間がかかると自衛隊が心底嫌になります。
私も退職まで1年半程度かかったので脱柵したくなる気持ちもわかりますが、ここで脱柵という選択をしてしまうと後悔する事になります。
脱柵者の捜索について
脱柵すると数日以内に99%以上の確率で捕まります。
その捜索方法について順を追って解説していきましょう。
脱柵判明
駐屯地内に住んでいる隊員(営内者)なら朝か夜の点呼、営外者なら出勤時間に登庁しない事で騒ぎになり捜索を開始します。
こういった場合は最初に事故か自殺を疑うので、上司や同僚が交代で携帯に電話をかけつつ営内者なら駐屯地内の捜索、営外者なら住んでいる官舎(公務員住宅)やアパートに押しかけマスターキーを借りて部屋の中まで確認します。
脱柵の場合は置き手紙などを残す事も多く、手紙が有れば脱柵が確定します。
手紙が無い場合は事故や事件の可能性を視野に入れて動き始めるので大事になってきます。
家族や友人への連絡
自己申告制なので書いている人は殆どいませんが、自衛隊では家族以外の親しい友人の氏名、住所、連絡先まで報告する事になっています。
それを頼りに脱柵者の上司は、家族や友人などの自衛隊が把握している関係者に片っ端から連絡をしていきます。
それでも見つからなければ、警務隊(自衛隊内の警察)と所属部隊員が総力を挙げて捜索し始めます。
駐屯地近隣の捜索+実家等の張り込み
まずは脱柵隊員の実家や借りているアパートを24時間途切れる事無く張り込みます。刑事ドラマのようなイメージで大体合っています。
それに加え、所属部隊で駐屯地近傍や最寄りの繁華街などの捜索を始めます。
脱柵隊員が車を所有している場合は車種、色、カーナンバー等が共有され、本人の趣味、嗜好、性格などを考慮し行きそうな場所を人海戦術でしらみつぶしに捜索します。
所在不明隊員の保護依頼
所属部隊だけで発見できなかった場合は、所在不明隊員の保護依頼というものを全国の駐屯地に流します。
保護依頼には、名前、顔写真、身長、体重、体格、採用区分や期別などの情報が書かれていて、この時点で全国各地に散らばっている同期などにも知れ渡ります。
更に自衛隊だけでなく、警察にも保護願を出し協力を仰ぎます。
ここまでくると自衛隊も本腰を入れて捜索し始めます。
駐屯地を挙げて捜索
所在不明隊員の所属部隊だけでは手に負えなくなると、駐屯地所属部隊に捜索依頼が出ます。
恒常業務をこなしつつ捜索人員も捻出しなければいけないので、ここから迷惑をかける人の数が跳ね上がります。
顔写真、名前、身長、体重、体格、所有している車種&色&カーナンバー等が印刷された手配書が捜索隊に配られ、かなりの人員を投入して広い範囲を捜索します。
私も過去にやった事が有りますが、二人一組で車を流しつつめぼしい施設の駐車場のチェック、手配書を持ってネットカフェやホテルの聞き込み、繁華街を見通せるような立地のカフェで道行く人の監視などをやった事が有ります。
因みに、ここまでやるのは所在不明隊員が所属する駐屯地だけで、他の駐屯地ではやりません。所在不明隊員の保護依頼は月に何件も届くのですべてに対応していたら業務にならないからです。
カード使用歴の把握や防犯カメラの映像解析
この段階で詰む場合が多いようですが、警察の協力によりキャッシュカードの現金引き出し履歴、クレジットカード&各種電子マネーの使用履歴、駅などの防犯カメラの映像、スマホの移動データ等が提供され捜索に使用されます。
今のご時勢、駅前は防犯カメラだらけなので足がつく事が多く、これら全てを回避する事は困難を極めます。
回避する手立てはいくつか思いつきますが、脱柵を考えている現職隊員もこの記事を見るかもしれないので書く事は控えます。現金が有れば出来る事は増えますので、事前に逃走資金を大量に下ろしておくと良いんじゃないでしょうか。
捕まるとどうなるか
懲戒処分されます。
細かい事は次項で説明します。
また、当面の間自由はありません。(数週間~数ヶ月)
常に誰かと一緒に行動し、当直室で寝泊りする事になります。
これだけでもストレスですが、更に上司や先任や警務隊から鬼詰めされます。
「何故逃げ出したんだ?」から始まり、逃げ出してから捕まるまでの行動などを事細かに聞かれ、上司だけでなく警務隊にも取調室で同じような事を聞かれます。
また、捕まるまでにかかった捜索費用は全て脱柵した隊員持ちです。
捜索に隊員の私有車を出したら燃料代、電車やバスの運賃、張り込んだカフェのコーヒー代から捜索中の飲食代まで全てです。それが100人以上ともなればかなりの金額になります。
悪い隊員は、聞き込み兼ねて高級寿司やステーキ食いまくり等の豪遊して飲食代請求してくるので非常に危険です。
私が参加した時は捜索範囲が県内のうちに捕まりましたが、数日稼働したので最低限の飲食物でも捜索隊全員分となるとかなりの額です。
その時は脱柵した隊員の部隊長が「経費の全額請求は勘弁してもらえないだろうか」と各所に頭を下げて回り、脱柵した隊員が出せる金額を人数割りした金額が各部隊に配られましたが、雀の涙ほどの金額だったので車を出した人の燃料代になっておしまいでした。
捕まった場合の懲戒処分
逃げた日数にもよりますが停職以上は免れず、再犯だと処分が重くなります。
常習性が有る場合、適格性を欠くと見做され懲戒免職もあります。
4 隊員が所在不明となった場合における人事上の取扱は、次によるものとする。
所在不明隊員の取扱
⑴ 当該隊員の勤務時間及び休暇の取扱については、所在不明となったときから欠勤として処理すること。
⑵ (略)この場合において、当該隊員が過去においてこの種の規律違反行為をひんぱんに繰り返しており、規律ある団体生活に適しないと認められるときは、懲戒処分とは別箇にその職務に必要な適格性を欠く場合として自衛隊法第42条の規定により降任又は免職の処分を行うことができること。
(身分保障)
自衛隊法
第四十二条 隊員は、懲戒処分による場合及び次の各号のいずれかに該当する場合を除き、その意に反して、降任され、又は免職されることがない。
一 人事評価又は勤務の状況を示す事実に照らして、勤務実績がよくない場合
二 心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合
三 前二号に規定する場合のほか、その職務に必要な適格性を欠く場合
自衛隊は懲戒処分を出すのが非常に遅く、ここに載せられない人事資料によると平均8か月だそうです。しかし中には1年以上かかるケースもあり、早く辞めたくて脱柵をしたのに逆に退職が遠のきます。
脱柵はいつまで逃げ切れば良いのか?
ズバリ1か月です。これは事務次官通達で定められています。
所在不明となつてから1月を経過しても、なお、所在が不明の場合には、所在不明となつた時の遺留品、本人の言動又は置き書き、手紙、銀行口座からの現金引き出し状況等の所在不明となつた後の調査で判明した事実等から判断し、所在不明の原因として規律違反の事実が明白で争う余地がないときは、懲戒免職処分を行うこと。
所在不明隊員の取扱(昭和34年5月8日次発人事第45号)の運用基準について(通達)
捜索や1か月間の捜査の結果、拉致監禁や死亡事故などの可能性が無いのであれば即懲戒免職処分となって自衛隊を辞める事が出来ます。
脱柵する際の置き手紙もこの時の判断の一つになるので、逃げる際は必ず置き手紙をしましょう。事故だと思われるといつまでも捜査が終わらない可能性が有ります。
と言うか、万が一脱柵するなら絶対に置き手紙をしてください。できれば自衛官身分証明書も置いて行ってもらえると助かります。置いて行くのが難しいなら、駐屯地を出た後で上司宛てに郵送すると良いでしょう。
明確に「これは脱柵だ」と確信が持てないと部隊も捜索を打ち切れず、規模を縮小して長期間探し続けなければなりません。置き手紙が有れば捜索を30日で打ち切れるので部隊側もありがたいです。
脱柵で逃げ切って辞めた場合のメリットとデメリットをまとめます。
逃げ切った時のメリット・デメリット
メリット
捜索費用を払わなくていい
例え置き手紙などで脱柵した事が確定していたとしても捜索費用を払う必要が無くなります。
実家に請求が行ったりする事は無いので、安心してください。
最短で退職できる
自衛隊は普通に辞めようとすれば数ヶ月単位の時間を取られます。
一ヶ月で辞める事は普通の手段では不可能なので非常に大きいメリットです。
デメリット
懲戒免職になる
通達の通り懲戒免職です。
しかも処分の通知は本人不在の場合、官報に載せる事で告知とするので事の詳細が色々と載ってしまいます。
また、懲戒免職の処分をされると再就職に非常に不利となるので、その後の人生の立て直しが難しくなってしまいます。
退職金が出ない
これも懲戒免職の亜種ですが、そのままの意味で退職金は出ません。
任期制隊員は任満金と呼ばれるまとまった額のお金を貰えるので非常にもったいないです。
任満金についての詳細は、こちらの記事の冒頭部分をサラッと読んでみて下さい。
まとめ
脱柵は捕まる可能性も高く、捕まっても捕まらなくても非常にリスクのある行為だとわかって頂けたでしょうか?
本来は辞めたい時に辞められる環境を作らなければならないと思うのですが、自衛隊は引き留めもキツいですし改善する可能性は限りなく0に近いと思います。
自衛隊にはこういうデメリットも色濃く残っているので、入隊希望者はきちんと考えて入隊しましょう!
コメント
興味深い記事でした、本当に多いみたいですね脱柵。
広報して人を雇うより辞めさせない努力をすべきでは、と思います。