アイキャッチは第15旅団公式Facebookより
最近急激に暑くなってきましたね。
今年は暑くなってもマスクが欠かせない夏となりそうです。
新型コロナウイルス流行後、マスクやソーシャルディスタンスなどのウィルス対策が必須となっていますが、ウィルス対策が一因となっている事故が陸上自衛隊の訓練中に起きてしまいました。
公表されているのは血栓による心筋梗塞ですが、自衛隊内部の調査ではこの血栓は俗にいう「夏血栓」だった可能性が高いようで、この事故の後に自衛隊が作った資料ではありませんが、内部でこういった資料が配布されています。
http://ka-z-kokuho.or.jp/pdf/koku_hot_8.pdf
夏血栓とは?
熱中症に近い症状が現れ、正式名称を「一過性脳虚血発作」と言います。
それでは夏血栓とは、一体どのようなものなのか?
医療法人さがらクリニック 熱中症と脳梗塞(夏血栓)より引用
汗をかき、身体が脱水状態に陥ると、体内の血液がドロドロになります。
すると血管の中に血の塊「血栓」ができて血管を詰まらせてしまう。これが夏血栓。
その血栓が脳の血管を詰まらせると脳梗塞になるというものです。
ちなみに、肺の血管に詰まれば“肺梗塞”、心臓の血管に詰まれば“心筋梗塞”となるわけで、熱中症と同じような症状が現れるのが脳梗塞ですので、今回は夏血栓=脳梗塞と考えてください。
熱中症の場合は水分や塩分を摂り、身体を冷やすことで回復していくことが多いですが、脳梗塞(夏血栓)の場合は即何らかの処置を取らないと行けない場合が多く、まずは、熱中症か脳梗塞かを見分けることが大事です。
俗に言う「夏血栓」は脱水症状に伴ってできてしまう血栓が、脳の血管に詰まって熱中症に似た症状を引き起こす事から脳梗塞に絞って解説をしているようですが、この血栓が心臓の冠動脈に詰まれば心筋梗塞を引き起こすので脳に限る話ではないようです。
夏血栓の恐ろしい所は、症状が一過性のため少し休憩すれば治ったように思える事から、放置されやすい点にあります。
一過性の症状が発生した後、約10%の人が48時間以内に再発し、脳梗塞等の重大な症状を引き起こしています。
たかが脱水症状でも命の危険を伴いますので、侮ってはいけません。
訓練の脱水症状リスク
では、どれくらいリスクがあったのか解説していきます。
訓練の強度リスク
自衛隊はコロナの影響で5月15日まで訓練を自粛していたようなので、演習場の調整や訓練計画の作成、命令の発簡等を考慮すると、第32普通科連隊では今年度最初の訓練だと推測されます。
20km行軍は楽ではありませんが短い部類に入り、最初の訓練の「慣らし」としては適切だと思いますし、普通科なら朝飯前の距離なので、リスクが高かったとは言えません。
外部環境のリスク
場所は東富士演習場なので御殿場市の6月9日の気温を調べた所、最高気温26.9℃、最低気温19.3℃だったようです。
気温が高めではありますが、訓練環境がハイリスクだったとは言えません。
携行品のリスク
今回は銃と10kgの荷物を背負っていたようですが、身に着けた装具類も5kg程度はあるので、総重量は下記のようになると思われます。
携行品の重量
銃(89式):3.6kg
荷物:10kg
装具類:5kg
迷彩服&半長靴:4kg前後
トータルで23kgといった所でしょうか、決して軽いと言える重量ではありませんが、迫撃砲や無線機を背負っていた訳ではないようなので、自衛隊の中では一般的な重量に入ると思います。
服装やマスク着用のリスク
訓練で行軍する場合、一般的には腕まくりなどは認められず、長袖長ズボンに編み上げブーツ、ヘルメットを被り皮手袋を付けた状態で歩きます。
迷彩服は様々な機能を有しているため通気性は悪く、ベルトやブーツ、手袋で出入り口が閉じられるので、空気の循環は期待できません。
また、荷物を背負っているので背中に熱が篭るためこれくらいの汗をかきます。
写真は第15旅団公式Facebookより(目線などはこちらで加工したものです)
画面中央赤丸の迷彩服の色が正常な色で、上半身の色が濃いように見える部分は汗で濡れています。
青丸で囲んだ隊員は全身の迷彩服の色が変わるくらい汗をかいています。
自衛官候補生の訓練なので腕まくりをしていますが、それでもこれくらい汗をかきます。(訓練日は2017年5月22日、距離は25kmなので条件はさほど変わりません)
この状態でマスクを着けるとどうなるでしょう。
呼吸には肺の空気を入れ替えるだけでなく、体温で暖まった空気を排出して冷たい外気を取り込む体温調節機能も有しています。
マスクを着けると呼吸による体温調節が上手くいかず、代替手段として発汗量が増加した可能性は大いにあります。
今回の件で血栓ができた理由は夏血栓と断定は出来ませんが、元々できやすい条件が揃っていた所に、マスクをして更にリスクが上がっていた事は間違いありません。
事故が発生した理由の考察
45歳陸曹長という点を踏まえると、今までに参加してきた演習の数は3桁前後のベテランです。
自己管理が出来ていないとは考えにくいため、今回の訓練の特徴である「マスクの着用」が最大の要因である可能性は高いと思われます。
マスクを着ける事で発生する悪影響について、私の考察を述べたいと思います。
マスクを装着たまま訓練した事による脱水症状の助長
長時間マスクをしたりマスクをしたまま運動をしたりすると、マスクが湿気を帯びて通気性が悪くなり、呼吸がし難くなります。
それを補うために呼吸の回数が増えれば、呼気と共に水分がどんどん体外に排出されていきます。
また、先述の通り人間は体温調節の一部を呼吸によって行っているので、マスクをしている事で効率が悪くなり、余計に汗をかいていた事も原因の一つと思われます。
マスクによる水分補給等の阻害
行軍は50分歩いて10分休憩を繰り返しますが、物品の亡失を防ぐ事や余計な音を出さないために、休憩時間以外は水筒の水を飲まないように統制している部隊が多いです。
脱水症状は水だけでなく、塩分などのミネラルも同時に補給しなければ悪化しやすいのですが、自衛隊では水筒に水以外の液体を入れる事を禁止しているため、殆どの隊員は別途パウチ飲料を用意するか、塩飴やタブレットを携行します。
行軍は非常に多くの汗をかくため、周囲にバレないように歩きながらこっそり塩飴等を摂取する隊員は多いのですが、マスクをしているとどうしても動きが目立ってしまいます。
本来、行軍中に飲食をする事は好ましくないため、階級や立場的に部下の目を気にして出来なかった可能性があります。
ハイドレーションシステムを所有している隊員は歩きながらいつでも飲む事が出来ますが、部隊によっては「あんな物に頼るのは軟弱」といった風潮もあり、私の知る限りでは普及は進んでいません。
まとめ
今回の行軍の事故で亡くなられた方は45歳という年齢でしたが、真夏という訳でも無く距離も短かったため、持病でも持っていなければ事故が起きる可能性は「ほぼありえない」と言って良いくらいのものです。
そのため「マスクをしていても完歩できるだろう」という油断が、この事故の原因と言って良いと思います。
この油断は本人だけでなく、32普連の運用訓練幹部や連隊長にもあったはずです。
せめて、運動強度の高い行軍中はマスクを外して行う事や、「中途半端にするくらいなら訓練をしない」という判断があっても良かったと思います。
幹部になる時に「己の失敗を部下の血や汗で拭うな」って言われていますよね?
関係者だけでなく、自衛隊は今回の事故を深く反省し、体面を取り繕うために隊員に負担をかける風習を無くしていって欲しいと思います。
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